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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)12042号 判決 1971年8月25日

原告 西島惣右エ門

右訴訟代理人弁護士 松本一男

被告 宮田ノブ

右訴訟代理人弁護士 金田哲之

右訴訟復代理人弁護士 長倉澄

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

一  被告は原告に対し、

(一) 別紙目録二記載の建物(以下本件建物という)を収去して同目録一記載の土地(以下本件土地という)を明渡し、かつ、昭和四三年八月二四日以降右明渡しずみに至るまで一ヵ月金一、九六〇円の割合による金員を支払え。

(二) 金五万八、三三五円を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行の宣言。

(被告)

主文同旨。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  原告は本件土地の所有者であるが、昭和二二年二月二三日本件土地を次の約定で被告に貸し渡した。

(一) 目的 建物所有

(二) 期間 二〇年

(三) 地代 月二四円九銭

毎月末日原告方へ持参払

その後区画整理のため、賃貸坪数は五六坪に減じまた地代は数次の改訂を経て、昭和四〇年七月ごろから月一、九六〇円となった。

二  被告は昭和四一年三月一日から同年九月一四日までの地代合計金一万二、六七四円の支払を怠った。そこで原告は被告に対し、昭和四三年八月一九日付書面で、右地代を右書面到達後三日内に支払うこと、右支払なきときは本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、右書面は翌八月二〇日被告に到達したが、被告は右支払をしなかったので、本件賃貸借契約は同月二三日をもって解除された。

かりに右書面により解除の意思表示をなしたことが認められないとしても、原告は被告に対し、念のため、昭和四四年一一月二〇日到達の書面で、前記昭和四一年三月一日から同年九月一四日までの地代金一万二、六七四円の催告にかかわらず前記期限に不履行があった旨通知し、かつ解除の意思表示をなしたので、これをもって本件賃貸借契約は解除された。

三  かりに右解除の意思表示が効力を生じないとしても、本訴において(昭和四五年七月二三日口頭弁論期日)次の理由により、本件賃貸借の解除の意思表示をする。すなわち、被告は昭和四一年三月一日以降昭和四四年一一月分まで約三年半にわたる賃料を延滞し、昭和四四年一一月四日本訴が提起されてはじめて、同月二四日に右期間の賃料合計八万八、二〇〇円を供託するにいたった。しかも、それ以前においても、被告は、ほしいままに六ヶ月分、一年分、二六ヶ月分というように長期にわたり遅滞することがしばしばであった。このような賃料支払義務の不履行は、賃貸借における信頼関係を破壊する背信行為である。このような借地人の不信行為に対してはなんらの催告を要しないで直ちに解除できるものと解すべきである。また本件賃貸借契約においては、一回でも賃料支払義務を怠ったときは催告を要しないで契約を、解除できる旨の特約がなされていることからみても明らかである。

四  しかるに、被告は本件建物を所有して本件土地を占有している。

五  よって原告は被告に対し、本件賃貸借契約の終了に基づき、本件建物収去、土地明渡しおよび解除の日の翌日である昭和四三年八月二四日以降右明渡し済みに至るまでの地代相当額一ヵ月金一、九六〇円の割合による損害金の支払、ならびに昭和四一年三月一日以降同四三年八月二三日までの未払地代合計金五万八、三三五円の支払を各求める。

≪以下事実省略≫

理由

一  請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

二  被告が昭和四一年三月一日から同年九月一四日までの地代合計金一万二、六七四円の支払をしなかったことは当事者間に争いがない。この点に関し、被告は、本件地代は昭和三一年頃から一括払の取立債務に変更されたところ、原告は右期間の地代を取立てにこなかったから、被告の責に帰すべき履行遅滞はないと抗争するので、まず賃料支払の状況について検討する。

三  ≪証拠省略≫によると、次のとおり認められる。

(一)  昭和三一年頃地代は一月七二八円となり、その頃から昭和三五年一二月までの間は、六ヶ月分合計金四、七三六円が一括して支払われ、被告が持参しないので、原告の妻が被告方に行って取立てていた。

(二)  昭和三六年一月以降は、賃料値上の交渉があったが被告が応じなかったので、原告側から取立てに行かなくなり、被告も原告側が取立てにくるまで支払わないでいたが、昭和三八年三月二一日になって、原告自身が被告方に出向いて交渉したので、被告は昭和三六年一月分以降昭和三八年二月分まで一月一、三九二円の値上を承諾して、同日被告方において合計金三万五、六七二円を支払った。

(三)  昭和三八年三月頃から昭和三九年六月分までは、大体二ヶ月分、時には一月分が支払われたが、それは被告が持参したものではなく、原告の妻が取立てたものであった。

(四)  昭和三九年七月頃地代値上の話合がまとまらず原告側は取立に行かなかったので被告も支払わないで日時を経過したが、昭和四〇年六月になって、原告の代理人渡辺不動産が被告方におもむき値上の交渉した結果、被告も昭和四〇年一月以降毎月一、九六〇円の地代値上を承諾し、即時同所において右渡辺不動産に対して昭和三九年七月以降昭和四〇年六月までの賃料合計二万四九六円を支払った。

(五)  昭和四〇年七月以降昭和四一年二月までの間、毎月分の地代が支払われたが、それは被告が原告に持参したものではなく、原告の妻が取立てにきたので、支払ったものであった。

(六)  昭和四一年三月以降は原告側が取立に行かなかったので、被告は取立にくるまで支払をしなかった。

右のように認められ(る。)≪証拠判断省略≫

四  右認定の賃料支払状況によると、本件地代は昭和三一年頃から、大体六ヶ月分を一括して被告方で支払われていたのが常態であったということができる。しかし原告本人の供述によると、被告以外の近傍の借地人は地代六ヶ月分を原告方に持参支払っていたのが常態であるのに、被告は、老令のうえ地代が高いとか坪数が足りないとか苦情ばかり言って三〇米位離れた原告方に持参しなかったので、仕方なく原告の妻が被告方に出向いて支払を受けるようになったものと認められ、≪証拠省略≫によると、地代領収証には毎月持参払と印刷記載され、訂正されることなく使用されていたことが認められる。このような事実に照らせば、賃料支払状況が前記認定のとおりであったからといって、当初契約の持参払が取立払に変更されたと推認することはできないし、当事者間においてこのような変更の合意がなされたことを認めるに足る証拠はない。

してみると、本件地代の支払方法は持参払であり、それが取立払に変更されたという被告の主張は採用できない。従って、その限りにおいて、昭和四一年三月分以後の地代の滞納について被告は遅滞の責があるものということができる。

五  そこで、原告主張の昭和四三年八月一九日付書面による本件賃貸借の解除の意思表示の効力について判断する。

≪証拠省略≫によると、原告は昭和四三年八月一九日、被告に対し、内容証明郵便(配達証明つき)をもって、昭和四一年三月分から同年九月一四日までの地代合計金一万二、六七四円を書面到達後三日内に持参支払うよう催告し、かつ、本件賃貸借は昭和四一年九月一四日限り期間満了により終了し、被告から更新の申出がないので同日限り解除するから三〇日以内に建物を収去して土地を明渡すよう通知する旨の書面を発し、同書面は昭和四三年八月二〇日被告に到達したことが認められる。≪証拠判断省略≫

右の事実によると、右書面による意思表示は、昭和四一年九月一五日以降本件賃貸借は期間満了によって終了し存在しないことを明示し、その終了前の未払賃料の履行を催告したものであって、催告期間内に賃料の支払がないことを条件として将来に向って本件賃貸借を解約する旨の意思表示をも含むものであると解することは到底できない。

従って右書面によって契約解除の意思表示があったという原告の主張は採用できない。

六  次に原告は、昭和四四年一一月二〇日到達の書面により、被告に対し契約解除の意思表示をしたと主張するので、審案するのに、≪証拠省略≫によると、原告は昭和四四年一一月二〇日到達の内容証明郵便で、被告に対し前記昭和四三年八月一九日付書面による契約解除の効力がない場合を考慮して、念のため右書面による催告に基づく契約解除の意思表示をする旨通知し、それが同月二〇日被告に到達したことが認められる。

この契約解除の意思表示は賃貸借の更新又は存続を前提として将来に向ってなされた解約の意思表示を含むかどうかは、昭和四一年九月一五日以降の地代不払の点に全く触れていないので、必ずしも明瞭ではないが、少くとも、昭和四三年八月二〇日到達の前記催告にかかる六ヶ月分の地代が履行遅滞に陥ったことは前認定のとおりであるから、これを原因としてあらためて解約の意思表示をしたものと解することができる。

七  そこで右の昭和四四年一一月二〇日到達の契約解除の意思表示の効力について判断する。

(一)  昭和三一年頃から昭和四一年二月頃までの地代支払の状況は前記三で認定したとおりである。

(二)  ≪証拠省略≫によると、原告は昭和四一年五月一七日発信、同月一八日到達の内容証明郵便をもって、被告に対し、本件賃貸借は同年九月一四日限り期間満了となる旨通告し、事前に賃貸借の更新を拒絶する趣旨にも解しうる意思表示をなしたことが認められる。

(三)  被告は同年九月一五日以降も本件土地を使用しているのに、前記のとおり、原告は昭和四三年八月一九日になって、書面をもって、本件賃貸借は昭和四一年九月一四日限り期間満了となり、被告の更新の申出がないから同日限り解除されたとして、建物収去、土地明渡の要求を通告し、その後の賃貸借関係の存在を否定するにいたった。

(四)  ≪証拠省略≫を総合すると、被告は当年七四歳で子供は戦死し独り身であること、被告は長年にわたって専売公社に勤務し昭和三二年退職したが、恩給生活をしているけれども賃料の支払に困らない位の貯えをもっていること、被告は無学で強情なところがあり賃料改訂についてもなかなか話合いが順調に進まず、原告側を手古ずらせたこと、原告は本件土地のほか各所に土地を所有し比較的に豊かであり、被告以外の近傍の借地人は六ヶ月分の地代を一括して持参して支払うのが常態であったのに、被告だけはいつとなく持参しなくなったため、原告側もことさらにとがめ立てせず、結局被告の一種のわがまま、又は甘えに負けて宥恕する態度をとり、前記三に認定したように事実上取立払と同様な常態ができてしまい、被告も原告側の取扱いになれてしまって地代は原告方から取立てにくるのが当然であると思いこんでいたこと、昭和四〇年六月原告代理人渡辺不動産が被告方で地代値上を交渉して妥結し未払地代一年分を取立てた際にも、被告に対し賃料の支払場所、期限について特段の注意又は警告がなされたわけではなく、同年七月以降も従前どおり原告の妻が取立てていたことが認められる。右認定に反する原告本人の供述部分は、被告本人の供述に照らして採用できない。

(五)  原告は昭和四四年一一月四日本訴を提起し、訴状において前記昭和四三年八月一九日付書面による賃貸借解除の意思表示によって本件賃貸借が同日限り終了した旨主張したのに対し、被告は右書面の到達の事実を争い、本件地代の支払方法は当初契約時の持参払から六ヶ月分一括取立払に変更されたから前記六ヶ月分の地代の支払について被告に履行遅滞の責はない旨抗争し、賃貸借の存否と取立払の特約の有無が重要な争点として審理が進められたことは記録上明らかであり、原告の主張する契約解除の意思表示は本件の審理中になされたものである。

以上認定にかかる諸事実によると次のように判断できる。被告が、昭和四一年三月から同年九月までの間賃料支払について履行遅滞にあったことは、先に認定したとおりであるが、同年九月一五日以降の賃料については、原告の事前の賃貸借更新拒絶に類する通告や昭和四三年八月二〇日の建物収去、土地明渡の要求によって、仮りに被告が賃料を持参提供したとしても原告がこれを受領することは期待できない状態にあったものということができる。また、他に特段の主張のない本件においては、本件賃貸借はその後も存続しているものと解するほかないのであるが、原告は既に昭和四一年九月一五日以降賃貸借が終了した旨を一方的に通告したのであるから、被告が同日以降の分を供託すらしなかったことについて被告の責に帰すべき履行遅滞を認めることはできない。そうすれば、問題は、昭和四四年一一月二〇日解除の意思表示がなされた時点において、昭和四一年三月から九月までの地代債務の履行遅滞を原因とする解除権の行使が適法かどうかに帰するわけである。

ところで被告が昭和四一年三月から九月までの地代支払について履行遅滞に陥ったことについては、それは主として、被告の一種のわがままに対する原告側の鷹揚な態度によって長年にわたって取立払と同じような事態が生じ、被告の方ではかえってそれが権利であるかのように思い込んでしまったことによるものであって、被告に支払能力がないとか、支払の意思がないというものではなかったといいうるのである。そして被告が昭和四三年八月の支払催告に対しても支払おうとしなかったのは、被告が取立払であると思い込んだほかに、昭和四一年五月賃貸借終了を一方的に通告した原告の態度により被告がますますかたくなになったことを否定できないのであって、原告側の態度をさしおいてこのような被告の態度のみを責めたてることはできない。そして本件紛争の実体は昭和四一年九月以降賃貸借が存在しているかどうか、地代が取立払であるかどうかについての見解の相違にあるものであり、それぞれの主張に一応の理が認められるのであるからそれが客観的に確定されさえすれば、原被告間の賃貸借も正常な状態に復することが期待できるものと解せられる。そしてこれらの問題点が未解決の状態において、またもはや過去の履行遅滞を是正しうる余地がない形でなされた右の解除の意思表示は、一応形式的には法の定める要件に合致しているけれども、前認定のような本件賃貸借における当事者双方の取ってきた態度や賃料支払状況等を彼此比較考慮するときは、その結果の重大性にかんがみ、原告の解除権の行使は濫用であり、右解除の意思表示は無効といわざるをえない。

八  次に原告の昭和四五年七月二三日の契約解除の意思表示の効力について判断すると、右七に認定した経過からみても、原告が主張するように被告が信頼関係を破壊する背信行為をしたとまで認めることはできないし、他にこれを認めるに足る証拠もないので、これを原因とする右契約解除の意思表示は無効といわざるをえない。

九  右の次第であって、昭和四一年三月一日から昭和四三年八月二三日までの賃料が弁済供託されたことは当事者間に争いがないのでその間の賃料請求権は消滅したものというべきであり、また他に主張立証のない本件においては、被告は本件土地について賃借権を有するものというべきであるから、その賃貸借の終了並びに昭和四三年八月二四日以降の被告の不法占有を前提とする原告の請求も理由がなく、結局原告の本訴請求はいずれも失当として棄却するのを相当と認め、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 緒方節郎)

<以下省略>

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